7
儚い情事が終わった後、壁にもたれ掛かる神田に抱かれる格好で、
アレンは力なく座っていた。
ついさっきまでは、あんなに遠くに感じていた神田が、
今は以前と変わず近い存在に感じられる。
ただ一つ違うのは、
この時空に存在するもう一人の『彼』の存在。
今の神田と関係を持つ事は、
自分とうりふたつの、あの少年を悲しませる事に他ならなかった。
これから先、神田を二人の間で板ばさみにし、
苦しめてしまうのは目に見えている。
「神田、ごめんなさい……キミには今、
他に好きな人がいるんですよね……。
決してキミを困らせたい訳じゃなかったんです」
「……アレン……」
今更ながら身勝手な自分に嫌気がさす。
自分が決めて運命を変え、そこにいた神田には既に別の恋人がいた。
だからといってその恋人を悲しませ、
自分が神田を奪ってしまってもいいのだろうか。
おそらく自分と同じ顔をしたあの少年は、
神田を失う事で傷つき、泣くだろう。
今の自分以上に悲しみ、壊れてしまうかもしれない。
自分にそんなことをする資格はない。
今夜の情事ひとつとっても、彼が知ったら大変なことになるだろう。
「神田、心配かけてごめんなさい。
もう大丈夫ですから帰りましょう。皆のところへ」
「……いいのか?」
「ええ、キミが僕を信じてくれたこと、それだけで充分です。
僕は二人を苦しめるためにこの世界へ来たわけではありませんから……」
自分でそう言いながらも、涙が自然に頬を伝う。
「無理するんじゃねぇ」
神田はアレンの顔を黙って見つめた。
そして再び、今度は啄ばむ様な軽いキスを落とし、
アレンの涙を指で拭う。
帰り道、神田は一言もしゃべる事はなかった。
アレンはただ黙ってその後姿を見詰めながら歩いた。
コートを擦る漆黒の長い髪。
いつだってこの髪に触れたくて、追いつきたくて、
一生懸命に前に向かってすすんでいたのに。
自分は何を求めて今ここにいるのだろう。
宿にたどり着いた頃には、もう随分時間がたっていた。
あの白髪の少年は、今頃神田のベッドで寝息を立てているのだろうか。
「神田、有難うございました。また朝にお会いしましょう」
「ああ……あと……これをお前にやる……」
「え? なんですか、これ?」
いきなり手渡された物は、薄く金色に光る、
掌にすっぽりと納まるほどの小さなものだった。
よく見ようと月の光にかざすと、
それは何とも言いえないほどの黄金の輝きを示し、アレンを魅了した。
「……きれい……」
アレンの嬉しそうな顔を見て、神田も満足そうに微笑む。
「これは琥珀という石で出来た根付だ」
「……コハク?」
「ああ、三千万年も昔の樹液が固まってできた宝石だ」
「へぇ……三千万年……なんか、すごいな」
光りに透かすと、その中に、花びらに似た模様が見える。
その模様を取り囲み、キラキラと眩い光りを放つ無数の気泡が、
綺麗すぎて目に痛いほどだ。
「俺の祖国ではめったにお目にかかれない貴重な代物だったらしいが、
これはその中でも二つとない珍しいもんなんだ」
「……そんな大切なものを……僕に?」
アレンの心臓がトクンと脈打つ。
「昔から……大事にしていたモンだ。
根付っていうのは、俺の生まれた国の飾りなんだが、
本当はこれより一回り大きいものがもう一コあって、対になっていたらしい。
だが今、俺のもとにあるのはそれ一つだけだ。
月の光に透かして見てると、花びらの形がこいつの涙に見えてしょうがなくてな……。
まるで、自分のつがいに会いたいって泣いてるみたいにみえる……」
――― まるで僕みたいだな……。
アレンは神田の台詞を聞いて、じんと目頭が熱くなるのを感じた。
「今日のお前の涙を見ていて、こいつを思い出した。
俺が持っているより、お前が持っているほうがこいつも……嬉しいだろう」
「……ありがとう……大事に……大事にします」
堪えていた涙が、またアレンの頬を濡らしていた。
「ああ、そうしてくれ」
ぽんとアレンの頭を軽く叩き、神田は愛しそうに目の前のアレンを見詰ていた。
「俺は寂しくなった時、いつもそいつを眺めていた」
だからお前もそうしろと、口にしなくても神田の雰囲気からそう感じられる。
何万年もの間地中に埋もれ、久し振りに日の光りを浴びたと思いきや、
今度はずっと一緒にいた己の分身と離れてしまう。
失った半身を求めて、琥珀は夜な夜な金色の涙を流して続けていたのだろう。
アレンは袖口で涙を拭って、とびきりの笑顔を作って見せた。
「うん、僕も寂しくなったら、この琥珀に慰めてもらいますね。
だから……もう大丈夫です」
――― だから、もう、僕のことは心配しないで。
精一杯の虚勢を張って、アレンは神田を見送った。
そして神田は軽くうなずくと、隣の部屋へと戻っていったのだった。
アレンは自分を心配してくれていたファインダーに謝罪をしてから、
また自室へともどった。
おそらく今夜は眠れない。
そう思ってアレンは胸ポケットに、もらった琥珀を大切にしまい込んだ。
その時、前からそこにあった銀時計が指先に当たる。
「……あ……」
銀時計の存在を思い出したアレンは、
今度はゆっくりとその時計を取りだして、眺めた。
表面には綺麗な十字架の銀細工が施されていていて、
中央に大きく標された十字架の周りを囲み、
纏い付くように棘と薔薇の花が描かれていた。
薔薇をとりまく棘の牢獄。
まるで自分の運命を顕わしているようで苦笑してしまう。
「これもミランダの好意にすがった自分の責任なんだから、
仕方ないんだよね……」
自分に言い聞かせるように瞳を閉じる。
まだ下半身が、己のものでないように重く気だるい。
アレンはその気だるさに誘われるように、静かに眠りに落ちていった。
《あとがき》
とりあえず、エッチ後のまどろみというか、ささやかな二人の心の交流をば描いてみましたw
さて、このあといよいよもう一人の自分との葛藤シーンに突入します★
話も後半に突入〜♪
どんどん切なくなってきますよんww
つづきも楽しみにしていらして下さいね〜ヽ(*'0'*)ツ
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